幻の「ペンキ屋」の回

Oct 13, 2016

2002年05月06日放映の、抜き打ちチェック拡大スペシャル第20弾では、次週予告でペンキ屋修行の予告が流されていました。当時見ていて「食べ物屋さんじゃ無い!」と思ったので間違いありません。しかし、翌週はカフェFUNの放映でした。放映1週間前に何があったのでしょうか?

番組の性質上、きっと放送できないものがいくつかあったに違いありません。放映までにお店が潰れてしまったということもあったのでしょう。

やらせと演出

Sep 26, 2016

もう20年近く昔のテレビ業界の話ですから今のようにコンプライアンスとか個人情報を細かく言うような時代ではありませんでした。当然そこにはバラエティ番組として面白くしようとするテレビ側の「演出」が入ってきます。そのため、愛貧のお店めぐりをしていると、ご主人の口から「やらせ」や「演出」の話が出てきます。これはお店めぐりをする楽しみの一つでもありました。

たとえば、番組にはご主人や達人が泣いたり怒ったり切れたりする場面が頻繁に登場しますが、達人も修業人も普通のことではそうそう腹を立てたりしません。そこで番組側のスタッフは、感情をあらわにさせようとあの手この手で「演出」をしていたようです。もちろん番組には台本があり、達人側はもちろん、場合によっては修業人の手にもわたっています。

番組は達人に対し、修業人に無理難題を仕掛けるようにけしかけます。たとえば、ほかのことで弱音を吐いた修業人のコメントを撮影して切り取って編集し、あたかも達人への悪口や、修業に対する不平不満のように見せかけ、それをこっそり達人に見せて達人を激怒させるというやり方もあったとかなかったとか。

従順な修業人には「ここで修業を投げ出してください」みたいに演出をお願いしていたといううわさもあったりなかったり。ある修業@沖縄では、ご主人が番組の「やらせ」に激怒して帰ってしまい、それが番組では修業投げ出しのように扱われていたり。また、逆に番組ではかなり険悪な達人VS修業人であっても、実際はしっかりと信頼関係をもって修業している場合もあります。

2001年頃には、週刊実話に男女7人同時修行のおっかぁが、取材の状況について取材に応じています。もともと20代の息子が修業するはずだったのが、交通事故に遭って母親が代理に出演することになったという。その記事では、カメラが回ってないところで達人の弟子達に「お前らは横から技術を盗んでいく」などとなじられたとか、 リタイアしたときに持ち合わせがなくしかも都内の集合場所から遠く離れた地での修行だったのに、元の集合場所までの交通費を支給してくれなかったというような話が載っていたらしいのです(残念ながら、まだ実物を読んでいません)。

ただ、寝るとき以外はカメラとマイクが付いて回ったというのは本当のようですし、起きている間はずっと働きづめで睡眠は3時間程度だったとか、食事も満足に食べさせてもらえず、夕方に一膳飯と汁物と魚一切れだったというので、60歳を過ぎた人には過酷だったのはたしかだったかと思います。

一方で、たこ焼きの達人「ひっぱりだこ」の揚野氏は、たこ吉修行のリストラサラリーマンに対する苦情を述べた中で「尚、今回の取材および放映に当たっては一切の虚偽がなかったことを達人本人が証明致します。そういうのがキライな私はスタート前に製作会社に対し(一切のやらせ、強要はせず貴社中心の取材といたします。)と念書をとったぐらいですから・・・」と書いています。

あくまで私の主観ですが、達人がTVでの宣伝効果を狙ったり、修行人を嘲り笑うようなスタンスで修行人に対応したという例は無いと思います。あるとすれば台本を書いた番組側が、現場でできる範囲で「演出」していたということではないかと思います。




伊藤Pのモヤモヤ仕事術という本があります。伊藤Pこと伊藤隆行さんは、テレビ東京の名物プロデューサーで、ディレクターデビューが愛の貧乏脱出大作戦だったそうです。この本の中に愛貧はヤラセか演出か、という問に対する制作側の答えがあります。


達人 竹麓輔と「むつみ屋」

Sep 25, 2016

ヒロシ、コンちゃん、パパのラーメン3人修行は、愛貧の名作でした。

厳寒の北海道月形町でスープづくりで失敗を続けるヒロシ、そのヒロシがうまくいきかけたときに失敗して修業を放棄すると言いだしたコンちゃん。スープを台無しにしてまでコンちゃんを止めるヒロシ。ヤラセや演出では無い迫力がありました。

さて、その修業の場となったのが、むつみ屋の月形本店でした。

当時むつみ屋は、地元の新聞のラーメン大会で優勝するなどして、フランチャイズ化を推し進めようとしていた時でした。月形本店の横には大きなスープ工場を建設したばかりで、右肩上がりだったと思います。私も一度、月形本店にラーメンを食べに行ったことがあります。都会と違い、店員さんは良くも悪くものんびりしていて、内心、気が利かないなぁと感じたりしていました。

そんなむつみ屋ですが、2000年から5年ぐらいでフランチャイズ形式で急拡大します。

  1. 1987年ごろ ラーメン「蔵屋」を友人と共同経営
  2. 1996年12月 月形町にむつみ屋を開業
  3. 1997年   道新スポーツ あなたが選ぶラーメン大賞 むつみ屋が選ばれる
  4. 2000年2月  貧乏脱出大作戦ラーメン3人修行放送
  5. 2000年6月  ハートランド設立
  6. 2004年   年商41億円。直営とフランチャイズ合わせて150店舗超
  7. 2012年   赤字8億円。銀行が不動産差し押さえ。資金繰り悪化
  8. 2013年11月 自己破産。負債総額約15億
  9. 自己破産と同時に、YCP Retailingがむつみ屋の商標権、FC権を持ち、現在に至っている。ここには、ラーメンぷぅ(これも竹麓輔のチェーン店)の他、都内の小僧寿し路面店9店舗等を運営している。
  10. 全国に80店ほどある「むつみ屋」のどれぐらいがそのままチェーンとしてやっているのかよく分からないが、それなりに存続はしているようだ。
竹麓輔と検索しても、昔の情報ばかり。今、どうしておられるのだろうか。


愛貧店あるある

Sep 22, 2016

番組にはいろいろな愛貧店が出てきますが、回を重ねてくるとだいたい貧乏店のパターンが見えてきます。

  1. お店が汚い
  2. メニューが増殖する
  3. 修行せず我流
  4. 素直じゃない
  5. 冷凍や出来合いの材料を使う
  6. 基礎体力が無い

おおよそこんなところでしょうか。

お店が汚いにもいろいろあり、掃除する習慣ができていないというパターンの他に、自宅の延長のようにいろんな小物を置きたがるというのもあります。実際、愛貧店に食べにゆくとレジ回りとか窓辺など、ちょっと隙間に食玩のおまけだったり、どこかの郷土土産だったり、そういうものをチマチマと並べていることがよくあります。職場だという概念が薄いんでしょう。

お客が来ないのでどうするかというと、おいしいメニューを工夫するのではなく、メニューを増やす方に展開してしまうのがありがちなパターンです。常連さんが増えてくれるのであればそういう居酒屋もありだと思うのですが、やはりおいしくなければどうしようもありません。

もう一つの方向は、冷凍食材や、出来合いの食材で対応してしまうというものです。たとえばそこいらのコーヒーショップであれば、仕入れのコーヒー業者がカレーでもピラフでもどんな食材でも調達してくれます。でもコーヒーショップで超絶おいしいカレーは求めません。でもカレー屋のカレーはきちんと作ってほしいところです。うどんやそばの修行は麺づくりから始めますが、自分が汗をかいて原料から作ることにより利益率も上がり、経営も安定します。

ただ、愛貧店の店主はお店での本格的な修行経験がないので、体力がありません。仮に客が大量に来たとしても足腰を傷めるんじゃないかと思います。

そもそもの話で、料理そのものにあまり興味が無い人が修業する場合があります。おいしいものを食べてもらいたいと思って作っているのか、工夫する意欲はあるのか、そういうあたりはカメラを通じて放送ににじみ出てくるものだと思います。そして何より達人が叱るのはそういう精神なんだと思います。

愛貧店が修業をして再出発するわけですが、多くのお店はうまくいかずにつぶれてしまいます。

ブームが去った愛貧店で話を聞くと、テレビを見た人が殺到する→常連さんの足が遠のく→ブームが去る→常連も戻ってこない、というパターンが多いようです。

愛の貧乏脱出大作戦という番組

Sep 19, 2016

愛の貧乏脱出大作戦は、その後のいくつかのテレビ番組に影響を与えた番組だと思っています。そして今でも世界で通用する番組フォーマットだと思っています。たとえば発展途上国やスラム街を持つ国などで放映されたら面白いと思います。

その普遍性は、どこからくるのかを考えた場合、やはり実在する店舗をターゲットにしているからだと思うのです。実在する店舗、実在する店主、実在する達人。実際に食べにゆくことによってそれを自分の目や舌で確認できること。これはいつの世でも普遍的だと思います。

ジャーナリズムというものの原点は、正義を語ることではなく、真実を見て伝えることだと思います。愛の貧乏脱出大作戦は、とても単純な形で真実を見るということが

人はそれぞれ弱いもので、テレビは貧乏店主のことを、グズだったり間抜けだったりと演出を含めて誇張して放送するけれど、店主に会ってみると、それはどこにでもいる普通の人だったりします。つまり普通の人と達人の差は紙一重なんだろうと思うのです。放映から15年以上が経って今なお繁盛している愛貧出演店を見ていると、そういう思いを強くしています。

残念ながら、TV番組の放送倫理や個人情報の扱いについて厳しく言われるようになってしまった現在では、全く同じ番組をすることはできないでしょうし、放送したとしても時代錯誤の番組になってしまうでしょう。

また、番組そのものはドキュメンタリーとして見てしまうと違和感があります。むしろ、台本が存在する素人参加型のフィクションといったほうが良いでしょう。本人がいくら真面目に頑張ったとしても、編集のマジックであらかじめ局側が設定したキャラクターに仕立てあげられてしまう傾向があります。自尊心の高い人が修行した場合は、それが耐えられないこともあるでしょうし、思い出したくない嫌な思い出として残ることもあります。愛貧店に出向くと、みのもんたのサイン色紙が掲げられている場合もあれば、番組を匂わすものがまったくない場合もあります。

しかし、どのような結果になったとしても番組に出演した店主の人生は続くのです。店主は「できない」と思うことに立ち向かわなければなりません。困難を抱えている経営者や店主にとって「できない」と思うことに立ち向かう勇気や努力というのは普遍的に必要なんだろうと思います。

そして、これは私の主観ですが、修行を通じてそれなりに頑張りや立ち向かう覚悟が伝わってきた店主は、番組放映時の扱いもまたそれなりに優しいものになっていたように思います。この番組には、人間の弱い部分やできない部分、格好悪い部分を放送する際に、ダメ男、ダメ女と一刀両断にして、人を蔑むような表現に陥る危険があります。実際、放送回によっては、そういう視点がきつくて、みていられないものもあります。

愛の貧乏脱出大作戦の最大の味わいは、編集の中に潜んでいると思います。ダメだけど家族のために頑張っている姿が見えるとか、とうてい無理な修行にもかかわらず、とても純粋な気持ちが台本を超えて見えるときは、現場ディレクターやカメラマン等を通じて編集に反映され、そして視聴者に伝わってくるのだと思います。



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